2017年4月3日月曜日

紙芝居~ヨナ~

前回からなんと一年半がたってしまいました。

いろんな方に更新がないのをご心配いただいていました。
本当にすみません。不真面目で不忠実で継続できないのが私なのです。
たぶん長文すぎるんだよね。
いろいろあげたいことはあるんです。
まあぼちぼちあげていきます。
遅々たる歩みですがどうぞ温かくお見守りいただければ幸いです。

さて、新作の紙芝居を制作いたしました。

これまた幼稚園児ぐらい対象です。

「わがままヨナさん」

昔、ヨナという人がいました。ある日、神様がヨナに言われました。
「さあ、あの大きな町ニネベに行き、そこの人たちに悪いことばかりするのをやめるように、言いなさい!」
でも、ヨナはニネベの人たちが好きではありませんでした。
「いやだなあ。行きたくないや。」

ヨナは、ニネベとは反対の方向を向いて、ヨッパという港町への道を選んで、歩き始めました。

ヨッパにつくと、海が広がっています。港に大きな船が見えました。ヨナは、船長に聞きました。
「あの船は、どこに行くんですか?」
「あれは、タルシシュ行きの船だよ。もうすぐ出発するぞ」
ヨナはお金を払って、急いで船に乗りました。
タルシシュは、遠い海の向こうにある外国の街です。
「そこまで行けば、神様もあきらめて、ニネベに行くようにとは言わなくなるだろう」と、ヨナは考えたのでした。 
船が出発してしばらくすると、嵐がおそってきました。大きな波がザブーン!強い風がビュービュー!
船がグラグラゆれて、あたりは水びたし。今にも沈んでしまいそうです。
船に乗っている人たちは、助けを求めて叫びました。
船を軽くするために、荷物を海にどんどん捨て始めました。

ところが、こんな大騒ぎのなか、ひとりだけぐっすりと眠っている人がいます。ヨナです。
船長は、ヨナを起こして言いました。
「こんな時に、なんで眠っているんだ!お前さんも、どうやったら死なないですむか、少しは考えたらどうなんだ!」


「さあ、誰のせいでこの酷い嵐がやってきたのか、みんなでくじをひいて突き止めよう。」
すると、なんと、くじはヨナに当たりました。
「あんたはいったい、何をしでかしたんだ??」
しかたなく、ヨナは訳を話しました。
「実は、私は神様から逃げてきたんです。きっと、この嵐は神様が私のために起こしたのです。私を海に投げ込んでください。そうすれば、嵐は収まるでしょう。」
みんな、あわてました。
「そ、そんな。人間を嵐の海に投げ込むだなんて、とんでもない。」
みんなで船を陸に戻そうと一生懸命漕ぎましたが、嵐はますます強くなるばかりでした。

「しかたない…この男の言うとおりにやってみよう」
とうとうみんなで、ヨナをかかえて海に投げ込みました。
「えーーいっ!」
ザブーーーン!!
ヨナが海の中に見えなくなった瞬間、嵐はピタっとおさまったのです。風も波も、しぃんと静まり返り、さっきまでの嵐は嘘のようでした。

船の中にいた人たちは、それからはヨナの信じる神様を恐れ、礼拝するようになったのです。 
ヨナは、ブクブクブクと、沈んで行きました。息ができません。苦しくて苦しくて、ヨナはついに神様にお祈りしました。
「神様、どうか助けてください。死んでしまいそうです!」

そのときです。大きな大きな魚がやってきて、大きな大きな口をあんぐりと開いて、ヨナをぱっくりと、飲み込んでしまいました。


ヨナが目を開けると、そこは大きな魚のおなかの中でした。ヨナは助かったのです。
ヨナは、もういちど神様にお祈りしました。
「神様、あなたのいいつけを守らなかったことを、どうかゆるしてください。もういちど、あなたのいいつけを守るチャンスをください。やり直したいんです」

すると、神様は祈りを聞いてくださいました。 
ヨナが飲み込まれてから三日たって、神様は大きな魚に命令をして、ヨナを陸地に吐き出させました。
そして、神様は、もう一度ヨナに言いました。
「ニネベに行って、私の言葉を伝えてきなさい!」
ヨナはニネベの街に着きました。そこはとっても広い街でしたが、ヨナは端から端まで歩き回って、神様から聞いた言葉を一生懸命叫びました。
「あと四十日すると、ニネベは滅ぼされてしまうぞ!」
それを聞いたニネベの人たちは、あわてました。
「ああ、なんてこった。大変だ!みんな、もう悪いことをするのはやめて、神様にお祈りをして、あやまるんだ」
ニネベの人たちはみんな、食べるのも飲むのも忘れて、神様に罪を許してもらうよう一生懸命祈りました。
神様は、悪いことから離れようとして、一生懸命に祈るその姿を見て、ニネベを滅ぼすことを思い直しました。



ところが。ヨナ一人だけは、ちっとも面白くありません。

「神様ったら、どうしてそんなにもニネベの人を許したりするんですか?彼らはみんな、重い罰を受けるべきです。これからニネベの街がどうなるのか、この目で確かめさせてもらいますからね。」
ヨナは、ブツブツと文句を言いながら、町の外に座って様子をうかがいました。 
「ヨナ。お前はどうしてそんなに怒っているんだ」
神様は、ヨナのきげんを治すために、一本の木をはやし、ヨナの上に影をつくって涼しくしてあげました。
ヨナは、大喜び。「こりゃあいいや。とても涼しくなったぞ」
ところが、次の日の朝になると、一匹の虫がその木をガブリ!と食べてしまい、木はたちまちヘナヘナとしおれてしまいました。
太陽が高くのぼり、ヨナの頭をジリジリとてりつけます。ヨナはまた、不機嫌になりました。

「ああ、暑くってたまらない。もう死んだほうがましだ!」



そんなヨナに、神様は語りかけました。
「ヨナ。お前は自分で世話をしたわけでもないたった一本の木がなくなっただけで、そんなにも怒るのかい。それなら、こんなにもたくさんの人たちがいるこの大きな町ニネベが滅んでしまうことを、私が悲しまずにいられると思うかい?」
ヨナは、そのときはじめて神様の気持ちが分かって、ハッとしました。すべての人が罪を悔い改めて悪いことをやめ、滅びから救われること。それが神様が一番望んでいることだったのです。

おしまい。

いかがでしたでしょうか。
「わがまま」という表現をしましたが、
ヨナは、決して悪い人じゃないと思います。神様に本当にまっすぐな人だったんです。
本気で嫌がって、本気で祈って、本気で神様のために働いて、本気で怒って。
いつも本気で神様に向き合うその姿勢は、すごいなあと思います。
自分の気持ちを抑えて嫌々従ったとしても、神様は喜んでおられません。

本気で神様にぶつかる人ほど、神様はじっくり取り扱って下さる。
神様の愛を体験できるのは、本気の人なんだな。
と、紙芝居を制作しながら思っていたのでした。

そのうちフィリピンについて書こうかな、と思います。

2015年9月29日火曜日

紙芝居~エステル記~

先日、日曜学校の幼稚クラスの方にゲストメッセンジャーとして招かれまして。
なんかゲストメッセンジャーって響きの重さに今自分でびっくりしたんですけれども。
まあ、別にそんな大層なものじゃあございません。
10~15分ぐらいで、10名近くの小さな子どもたちにするお話を依頼されたのです。
テーマもありました。

エステル記。

以前ブログに載せた、映画「プリンセスオブペルシャ」の原作、とでも申しましょうか。
旧約聖書に記されている、古代ペルシャの王国で実際にあった、一人のユダヤ人の女性がメインのお話です。
これ、実はというと子ども向けに話すのは結構むずかしい内容です。
大人でもなかなか理解に苦しむ部分があります。
なので、教材の数もかなり少ないのです。
できれば、今後も使用できる教材を作って欲しい、とのことで、今回の依頼があったわけです。

よーし。やったろうやないの。

というわけで作成したのが、この紙芝居です。

では、どうぞ。
『エステルの勇気』

昔々、ペルシャという国とイスラエル人は、戦争をしました。
イスラエル人は負けてしまい、ペルシャの国に連れて行かれてしまって、
そこに住まなければならなかったのです。
エステルという女の子は、そのペルシャの国にすんでいる、
神様を信じるイスラエル人の家に生まれました。
エステルはとても素直で頭がよく、おまけに、とっても可愛い女の子でした。
ところが、あるとき、お父さんとお母さんが、病気で死んでしまい、
エステルはひとりぼっちになってしまいました。
そんなエステルをかわいそうに思った、親戚のモルデカイという人が、
エステルを自分の子供として育てることにしたのです。

モルデカイは、エステルをとてもかわいがりました。
エステルも、モルデカイのことが大好きでした。
エステルは、いろんなことをモルデカイさんに教えてもらって、どんどん賢くなっていきました。
何年かたって、エステルは、すっかり大きくなりました。
町を歩くと、みんなが振り返ってしまうほどの、とびっきりの美人です。

ところがあるとき、町にたくさんの兵隊さんがやってきて、こう言いました。
「王様の命令だ。王様が、この国に住む娘の中から、
新しくお妃様を選び、結婚したいと思っている。
若くて美しい娘はみんな、王様のお城に来なさい。」

エステルも、お城に連れて行かれることになりました。
モルデカイは、連れて行かれる前に、エステルに言いました。
「いいかい。絶対に、自分がユダヤ人だということを誰かに言ってはダメだよ。
もしかしたら、いじめられてしまうかもしれないからね。」
エステルは、うなずいて「はい、わかりました。」と言いました。

お城には若くて美しい娘がたくさん集まってきました。
しかし、エステルほど美人で頭が良く、優しい娘はいませんでした。
王様は、エステルを見てすぐ、「この娘こそ、お妃にぴったりだ。」と思い、
お妃様の冠をエステルの頭に乗せました。そして、素晴らしい結婚式も行われました。
新しいお妃様に、国中が大喜びです。

さて、この国には、王様に大切にされているハマンという大臣がいました。
「オォッホン。俺様は大臣だぞ。さあみんな、俺様にお辞儀をしろ!」
ハマンはいつもえばっていました。
ハマンに会う人はみんな、「ははぁ~」と、お辞儀をします。
ところが、ハマンにお辞儀をしない人が一人だけいました。
モルデカイです。モルデカイは神様を信じていたので、
神様以外の人にはお辞儀をしない、と決めていました。
また、ハマンが、もっと偉くなって、
いつか王様よりえらくなってやろう!と思っているその悪い気持ちが、わかっていたのです。

ハマンは、お辞儀をしないモルデカイが気に入りません。
ハマンは手下に聞きました。
「おい!あいつはいったい誰なんだ!俺様に一度もお辞儀をしたことがないんだ。」
手下は答えました。「はい、彼はモルデカイという人で、ユダヤ人だそうです。」
「そうか。ユダヤ人か。モルデカイを困らせるには、あいつ一人だけをいじめるだけではだめだ。
俺様に、いい方法があるぞ。」ハマンは、にんまりと笑いました。

ハマンは、王様の所に行って、嘘を言いました。
「王様。この国にはユダヤ人という悪い奴らがたくさん住んでいます。
あいつらは、王様の命令を守りません。
このまま放って置いたら、王様にまで悪いことをしてしまうかもしれませんよ。
だから、ユダヤ人をやっつけてもいい、という命令を私に出してくれたら、
王様のためにあいつらをみんなやっつけてあげましょう。」
王様は答えました。「では、ハマン。きみの好きなようにしなさい。」

さぁ、大変です。ユダヤ人をいじめなさい、という命令がでたその日から、
ユダヤ人たちが、周りの人たちにひどくいじめられるようになってしまいました。
ユダヤ人の住んでいた家も、町も、もうぐちゃぐちゃです。
モルデカイは、たくさんの仲間たちがいじめられているのを見て、
泣きながら、神様にお祈りしました。
「神様!どうしてこんなひどいことになってしまったのでしょう!どうか、助けてください!」

このひどい命令を作ったハマンは、毎日たくさんのユダヤ人が
いじめられているのを聞いて、大満足です。
家で、お祝いのパーティを開きました。
「これで、あの憎いモルデカイも困っているし、おまけに邪魔なユダヤ人はこの国からいなくなる。
そうしたら、王様が認めてくれて、もっと偉くなれるかもしれないぞ。
だが、まだまだ足りない。俺様にお辞儀をしないあのモルデカイを
もっとこらしめてやる方法は、何かないだろうか。」

すると、ハマンの奥さんが言いました。
「あなた。この家の庭に柱を立てて、それにかけて殺してしまいましょう。」
ハマンは、大賛成です。「そりゃあ、いい考えだ!」
そしてさっそく、庭に柱を立てました。
「明日にでも、モルデカイを捕まえて、この柱にかけてころしてやろう。」

その頃、エステルは、国中のユダヤ人がいじめられている、
ということを聞きました。
「ああ、どうしましょう。こんなことになって、私にはどうすることもできないわ。」
そのとき、召使がモルデカイから届いた手紙を持ってきました。
手紙にはこう書かれていました。

「ユダヤ人みんなが、悪い大臣のハマンのせいでいじめられている。
エステル、お前はお妃様だからといって、一人だけ助かろうと考えてはいけないぞ。
このひどいことをやめるように、王様にお願いしに行きなさい。
ユダヤ人であるお前がお妃様になったのも、この時のためだったのかもしれない。」
このとき王様に呼ばれていないのに、勝手に王様のところにいくと、
お妃様であっても死刑になるという決まりがありました。
エステルはとっても不安でした。

なので、三日間、ご飯も食べないで、一生懸命神様にお祈りしました。
「神様、王様のところに行ったら死刑になるかもしれません。
でも、ユダヤ人のみんながいじめられているのを止められるのは、私しかいません。
どうか、私に力を与えてください。」

さあ、いよいよ、王様のところに行く日がきました。
エステルは、王様のいる部屋のドアをあけ、王様の前に歩いていきました。
そこにいるみんなが、びっくりしてエステルの方を見ました。
命令に逆らっているので、きっと死刑になるにちがいない、と思ったのです。
王様の目が、じっとエステルの方を見つめました。
王様が持っている金の杖がエステルの方に向けられなければ、エステルは死刑です。
エステルは、どうなってしまうのでしょう。

王様は、なんと、金の杖を差し出してくれました。
エステルは死刑にならずにすんだのです。
王様は優しくエステルに話しかけました。
「どうしたんだ、エステル。何をしてほしいんだ。言ってみなさい。」
エステルは、ホッとため息をつき、言いました。
「王様。どうしてもお願いしたいことがあるので、命令に逆らってでもまいりました。
実は、ある人の悪巧みのせいで、この国にいる私の親戚や、私と同じ民族の人たちをいじめて、
国から追い出しなさい、という命令ができたので、みんないじめられているんです。」
「そんなひどいことを考えているのは、いったい誰なんだね。」

「その人は、ここにいるハマンです!」
エステルがそう言って、ハマンを指さしました。
「そうか。ハマンがそんな悪巧みをしていたというのか。」
ハマンは飛び上がるぐらいびっくりしました。
「ひ、ひええええ!!!お、王様、お妃様、お許し下さい!」
「そうはいかぬ!こいつは死刑だ!」
兵士たちが入ってきて、王様に教えました。
「王様、ハマンの家の庭に、モルデカイを殺すために立ててあった柱があります。」
「よし!では、ハマンをそれにかけてしまえ。」
兵士たちは、ハマンを連れて行き、ハマンの家の柱にハマンをかけて、死刑にしました。

ハマンがいなくなったので、ユダヤ人たちはもういじめられることがなくなりました。
悪いハマンの代わりに、ユダヤ人を助けたモルデカイが大臣となり、国中は大喜びです。
勇気を出したエステルのおかげで、また、国に平和が戻ってきたのです。
このことをお祝いする、プリム祭り、というお祭りもできて、
エステルの勇気は、このあともずっと、みんなの心の中に残っていったのです。

おしまい。
…はい。いかがでしたでしょうか。
今回は制作時間をストーリーの方に費やしすぎたため、絵が多少雑になっております…orz

「プリンセスオブペルシャ」のブログ記事を見てくださった方、お気づきになられたでしょうか?
そう。ないのです。あのシーンが。あの、迷シーンが。
詳しくはこちらを…→http://footprintsofjohn.blogspot.jp/2014/09/blog-post.html
今回は短めにお話をしなければならなかったので、泣く泣くカットいたしました…うう…
また機会があればそのシーンも入れたいと思います。

※注意※
当ブログの紙芝居をお使いになられる際は、コメント欄もしくはメールフォームの方へ一言お寄せください!!
無断転載・使用はご遠慮いただきますようよろしくお願いいたします。

2015年9月25日金曜日

バイブルキャンプ@神戸~ゲストメッセンジャー編~

よおし。よし。
一ヶ月以内に投稿。よぉし。低レベル。よぉし。
継続ってどうやってするんでしょ。私知らないわ。

さあ、前回はカヌーの話を載せたので、お次はその他の思い出も含めて、ゲストメッセンジャー編をやりますよぉ~。

今回のキャンプのもうひとつの目玉。それはゲストのお二人方でした。
笑顔が素敵なご夫妻。YさんとMさん。

私がインドネシア訪問した際にもお世話になったご夫妻ですが、お二人は若くして宣教師として派遣されることになっているのです!
旦那さんのYさんが聖書メッセージをしてくださり、奥様のMさんがどうしてクリスチャンになったかのお話をしてくださることになっていました。

一日目のキャンプファイアーの時間に、まず奥様のMさんが語られましたが、
序盤のはずがすでに弱々しい炎。そして、

なぜか話し手の方に狙い定めてくる煙。 
避けても避けても煙がもうもうとMさんの方へ。

しかしそれでも怯むことなく熱く語り続けるMさん。
力強い。ほんとすごい。

Yさんの聖書メッセージの頃には無事炎が復活(前触れもなく突如燃え上がる形で)。
よかったよかった。


いやぁ、それにしても、とても熱い方々でした!
二泊三日の中で、たくさんのことを聞きました。
また、神様がどのようにしてお二人の人生を導いてこられたか、はっきりと語ってくださいました。

どのようにして生まれ育ったか。
どのようなことで悩んでいたか。
その中で、どのようにして神様と出会ったか。
どのようにして結婚したか。
どのようにして宣教への決断を下したか。

一つ一つの言葉が本当に生き生きとして、私たち聞いている者の心に飛び込んできました。

お二人が喜んで神様を信じ、従っているその姿を見て、あらためて感じたことは、
神様ってすごいなあ。
ということでした。
ありきたりな言葉で大変申し訳ない。語彙力がないものでして。

たくさんのことを聞いたのですが、今回は一つ、結婚ということについて考えさせられたので、そのことを少しつづってみようかと思っております。

お二人の人生は、それぞれ全く違うものでした。
親も違う。性別も違う。生まれ育った環境も違う。性格も違う。能力も違う。
喧嘩もするし、意見が食い違うこともある、とおっしゃっていました。
でも今、「宣教師として、聖書のことばを世界に届ける者となる。」という、同じ志をもち、一体となって生きようとしているのです。
地上で二人を引き離すことができるものは、もはや死だけです。
まさに、結婚式の誓いの言葉のとおり。
健やかなる時も、病める時も、貧しい時も、富める時も、死がふたりを分かつまで、ともに愛し、慈しみ、貞操を守ることをここに誓います。

何がこれほどまでに二人をつなぎとめるのでしょう。
それは、二人のあいだには神様がいるからだと思います。

相手にできないところ、足りないところをたくさん見出しますが、「神様が助けてくださるように」と祈ります。
相手を愛するのは、神様が相手を愛しておられるのだという確信、また自分自身をも愛しておられるのだという確信ゆえです。

たとえ、相手になにか欠点があったとしても、愛する愛。

それはつまり、「求める愛」じゃあなくて、「与える愛」、また「決意する愛」だと思うんです。
その中でお互いが磨かれていき、人格の形成がされていき、もっと神様を知って、神様の愛を確信して、お互いが離れることのできない存在になるのではないかと思うんです。

ここで、世の中で言われる「結婚」とはなんだろう?と、ちょっと調べてみました。

なぜ結婚するのか?

一人前になりたいから。
周りが結婚しろとうるさいから。
愛されたいから。
子どもがほしいから。
好きな人といっしょにいたいから。
幸せになりたいから。

…などなど。

まあ他にもいろいろあると思いますが、大体こんなものかと。

ではこれを変換してみましょう。

一人前になりたい、というか、一人前になったと、認めてもらいたい。
結婚したら、イヤミを言われることがなくなる。
結婚という一種の「縛り」の中にいれば、「愛」される状態を確保できる。
子どもに慕われたい。
自分を好きと言ってくれる存在がいてほしい。いつでも自分を喜ばせて欲しい。独占したい。
自分一人では得られない幸せを見いだすための手助けをして欲しい。

…と、こういう感じでしょうか。
もしも私の偏見であったらすみません。ですが、様々なところで言われていることや、恋愛の歌、友人たちの話を聞いていると、このように言っているように思えたのです。

これを考えてみると、
結婚することによって我が身が受ける(であろう)益
自分に降りかかる災難の回避
が結婚の目的ではないか、ということがわかってきました。

じゃあ結婚相手が、これらの益を自分に与えてくれなくなったら?
簡単です。離婚しちゃえばいいのです。
そして、新しいスタートを切ります。自分を満たしてくれる新たな存在を探すのです。

…言いたい放題言ってますね~。いやほんとすみません。
こうじゃない人もたくさんいると思います。

でも、なんと「結婚」の価値が失われている世の中なのだろうか、と思います。
神様が与えたい本当の幸せとは違うものを求めているのではないかと思います。

結婚することによって自分という存在に価値を見出したい、見いだせるかもしれない、と思っている人も多いのではないでしょうか?
でも、もしその結婚で傷ついたら、自分の価値まで傷つくことになってしまうんじゃないでしょうか?



本当に自分が価値ある存在である、と確信した人が結婚するのでなければ、本当に価値ある結婚生活を送ることができないのではないか。
そう思うのです。

…まあ私結婚したことないんですけどね~~~~!!!

いやぁ、ひよっこがいろいろ書きました。
まだまだ書き足りないような気持ちですが、とりあえずこのへんで~。

以上、キャンプ(から派生した結婚)の話でした。

2015年9月4日金曜日

バイブルキャンプ@神戸~カヌー編~

わぁ~、実に半年ぶりの投稿。
泣ける。泣けてきます。
この、継続できなさに。

いや~、いろいろありましたけどね。
まあぼちぼちやっていくことにいたしましょう。
のんびりやるのが大好きでして。はは。

さて。今年の夏はいろんなとこに行ってきたわけです。
でもやっぱり?夏の醍醐味といえば?
そう。キャンプですよ。
毎年恒例夏のキャンプ。
今年はなんと8月中2回もキャンプに行けるという贅沢極まりない年でした。

まず1回目は、8/13(木)~15(土)の二泊三日で、神戸にある青少年の家に行ってまいりました!
ハイ。こちらチラシになります。


天気が心配されていましたが、カンカン照りでもなく雨でもなく、いい感じの天気でしたね~!

チラシにも大きく書かれているとおり、今回の目玉企画は、一日目、カヌーでした。

美しい湖!!

へ、漕ぎ出す我等!!!!
キャンプでは数年前にも一度やっておりまして、今回再チャレンジというわけです。
私も漕ぎました。二人乗りに初挑戦!
めっちゃ端っこ向いてる瞬間。
これね、私まぁ下手くそでして。
インストラクターさんの説明で、「漕ぐときには、パドルを上げすぎると水がたれてきて膝が濡れますので注意してくださいね~」とありました。
わかってます。わかってるんですよ。
でもね。どうやってもなんか濡れる。なんで。
水難。
だって…パドル低くして漕いだらパドルが虚しく空を切るだけですよ。
高くしたら水が垂れる。
どうしろと。

結論:ド下手

はい。すいやせんした。

でも、ほんと楽しかったです。自分で漕いで沖に出る。
「小さな~舟 浮かべて~♪ 沖へ漕ぎだそう~♪」の賛美が浮かんできました。

しかしですよ。カヌーといえば。
昔、ある事件があったのです。

その名も「3人乗りカヌー転覆事件」

なんじゃそりゃあ。
そんな方のために漫画をご用意しました。
ただし、読んでいただく際、注意事項があります。

注:これは実際にあった話をもとにして作られたフィクションです。登場人物は実際の人物とは一切関係ございません。

これを心に留めて忘れず読んでくださいね。
この登場人物は架空の人物ですから。
もう一度いいます。架空の人物です。
いいですね?それではどうぞ。




…という事件が実際にあったわけです。
ですので今回は、細心の注意を払っておりました。

しかし、事件は起きた。

起きてしまいました。
空っぽのカヌー。

ま、まさか…
おっ…落ちているゥゥゥゥ~~!!!
助けを求める声が聞こえて…
聞こえ…
なんでちょっと楽しそうやねん!!!!

この笑み、確信犯疑惑。
まあ楽しそうで何より…でしょうか。
めでたしめでたし。チャンチャン。

長くなりそうなので、このへんで。
次回は、ゲストメッセンジャー編をやる予定です~!
それでは。

2015年3月3日火曜日

ベイマックス

 めっっっっっっっちゃくちゃ久しぶりに更新…9月ぶり??
 1月からやろう!と思ってたのにできず。
 2月からやろう!と思ってたのにいつの間にか28日の深夜。
 3月1日から続けるんだ!!と思ってたらもう2日になってる。
 思ったらブログ始めたの去年の3月だ。ほぼ1年たってこの投稿数wwwwwww意思弱すぎwwwwwwww

 ふう。

 というわけで。

 こないだ(といっても1ヶ月近く前)に、『ベイマックス』見に行ってきました。
 今更ながら感想です。
 あくまでも個人的な感想です。



 (あっと初めに言っときますがネタバレあります。)

 ずっと周りがおもしろかったおもしろかったと騒いでたのになかなか行けず、ようやく念願かなって見に行くことに。
 いやー予告から気になってたんですよ。
 あのマシュマロみたいなやつがなんかバトルすんの??マジ?????ディズニーアニメのガチヒーロー系ってMr.インクレディブルぐらいしか浮かばない…あれはコメディ寄りよな完全に…
 とかいろいろ思ってたわけで。
 でもヒーローものは、ほんっとに好きなんで。期待はけっこう大きかったです。

 でまあ映画館に行ったのです。
 予想通り、ほぼ満席。ほぼ子ども。まあ休日だからね~。終始ザワザワしてたなあ。
 お馴染みの映画泥棒と短編アニメが終わり、お城がキラリン☆ってなって、ミッ●ーの口笛ではじまり。
 ベイマックスが登場した瞬間の子どもらの反応といったら。
 急に空気が変わるのが分かりました。
「!!!!」
 ザワッ…
「あっベイマックス…」
「ベイマックス!!!」
「ママ、見て、ベイマックス」
 あれ1分ぐらいずっと「ベイマックス」のワードが暗闇にこだましてましたよ。子どもらの期待値もかなり高かったのね。

 映画終わって一言。

「おもしれえ!!!」

 ヒロの成長の物語でもあり。兄弟愛の物語でもあり。友情の物語でもあり。戒めのようでもあり。
笑いあり涙ありの、見事なヒーローアニメでした。

 「笑い」については、今までのディズニー作品とは少し違うなって思いましたね。個人的に。
 今までとか昔の笑いって、勢いとかずっこけたりとかオーバーな表現を多用したものだったように思いますが、今回のは「間」の取り方にすんごい魅力を感じました。
 スピーディな押し寄せてくる笑いはディズニーの特徴だと思うんですけど、ジワジワくる笑いっていうのかな、無言で静かなシーンに実はいっぱい笑いが満ちている。
 それはたぶんベイマックスのまったり感が醸し出す空気なんでしょう。
 そのまったりベイマックスと、勢いのあるバトルシーンのギャップもまた良い。
 癒しと迫力の共存。
 大きくてふわふわで包み込むような存在から、巨大でパワフルな凄みのあるロボットに。
 いい意味でディズニーらしくないな、と思いました。マーベル色が全面的でした。

 「涙」については、ほんとにね、はじめてディズニーに泣かされかけました。
 今までそんなに泣きそうになるほど感動するのはなかったですよディズニーアニメでは。
 (少しオーバーな言い方をすると)ある事件が解決してめでたしめでたし、チャンチャン、みたいな感じがディズニーにはあった。
 アナ雪も、姉妹愛の感動ものを目指していたと思うんですが、「真実の愛」っていうワードですごく冷めちゃうっていうか。その言葉が出てきた時点で結末はなんとなく見えてるっていうか。なにか物足りない感じがありました。あ、歌はすごく良かったですよ。良かったんですけど、もっとなんか欲しかったなぁっていう。

 じゃあ私はベイマックスの何にそんなに感動したのか?自分なりに考えてみました。

 答えは「犠牲」じゃないのかなあ、と。

 ベイマックスは、物語の最初から最後までプログラム通りに行動しているだけなんですよね。「ヒロを守る」っていう目的のために動いている。
 だから、「ヒロを守る」ことさえできばベイマックスにとってはそれでよかった。自分が壊れたとしても、異空間から帰れなくなるリスクを負ったとしても、
 でもヒロにとってはそれはただ事ではなかったわけです。いつの間にかベイマックスはヒロにとってかけがえのない大事な存在になっていて、自分(とキャラハンの娘)の命が助かるためにそのかけがえのない存在を失ってしまうことはとてつもなく辛いことだったので。
 でも、その時ベイマックスが犠牲にならなければ、ヒロは元いた空間に戻ることはできない。
 ベイマックスには、ヒロを救うためにはもはや自分が犠牲になることしか考えられなかった。
 だから結局ヒロはベイマックスに「ヒロを守る」という使命を遂行させてやることが、ベイマックスにとって一番良い事なんだって思った。だから、「ベイマックス、もう大丈夫だよ」の言葉をもって、タダシから受け継いだ使命からベイマックスを解放してあげたんですよね。つまり、ヒロは自分の意思でベイマックスの犠牲を受け止めた。そうして彼は命を得たわけです。

 ベイマックスを失って、ヒロはそのあとどうしたか?
 タダシの望んでいたことを行いました。大学に行くという、タダシの願いをです。
 もう彼がロボットファイトをしたいなんて言うことはないと思います。
 ヒロが新たに得た大切なものは、最愛の兄・タダシが生み出したベイマックスが犠牲になって残してくれた自分の命だった。だから彼はこの命を、大切に大切に使っていこうと思ったことでしょう。
 そして大学で学び、もっと腕を磨いたことで、もう一度ベイマックスに会うことができました。それから、次は復讐するためではなく、人の命を助けるヒーローとして、ベイマックスと他の仲間たちと一緒に活躍するようになっていったのです。

 やっぱり人は、なんだかんだいって「犠牲」に弱いんですよね~。
 実は、世界のベストセラーである聖書の主題も、究極の「犠牲」についてなんです。しかもこれ、ノンフィクション。
 いろんな先入観とかで聖書のことを知ろうともしない日本人はいっぱいいますけど、すべての犠牲の物語は聖書から始まったといっても過言ではないと思います。だから、聖書を知ることはすっごく意義のあることですし、何よりその犠牲が他の何者でもない自分のためであると知ることはもっと意義のある、大切なことなんです!もっといろんな人に聖書を知ってもらいたいですね!
 お固い本、とか言わずに、一回でいいから読んでみて欲しいな~
 というのが今日言いたかったことでした。
 文章下手かほんと。
 まあえっか~


~以下、おまけ~

 一番好きなキャラはワサビです。

もうね、ムキムキの黒人さんとか超ツボなんすわ。
まあほかのキャラも好きですけどね。ゴー・ゴーとか、ハニーレモンとか。
(あ、フレッドはちょっと無理…←)
だから(フレッド以外)ヒーローメンバー描きましたよ!
次はヒーロースーツで全員集合させてあげたい!